INTERVIEW

  1. HOME
  2. ブログ
  3. インタビュー

プロフィール:京都大学教育学部卒業。システムエンジニアとして働き始めるが出産を機に退職。夫のアメリカ海外赴任に2度帯同し、3人の子育てを経験。帰国後オリジナル英語教育メソッドRhymoe(ライモー)を考案。2017年一般社団法人を設立。一般社団法人英語リズムムーブメント協会代表理事、Rhymoeクリエーター、Zumbini教育スペシャリスト。

ひとつ一つの決断がキャリアを変えた!Zumbaから始まった第二の人生

今回は一般社団法人英語リズムムーブメント協会代表の石川良美さんにインタビューさせていただきました。石川さんのアメリカンライフと現在の活動について熱く語っていただきました!

システムエンジニアの私

ー駐在帯同前のキャリアを教えていただけますか? 

私は2回海外赴任をし、合計8年間アメリカに帯同しました。帯同前のキャリアはシステムエンジニアで、大学を卒業後人事システム開発に4年間携わっていました。結婚後は、教育学部を卒業したこともあり、教育に興味があったので、子育てを頑張ろうと退職の選択をしました。出産後、会社から再び声をかけてもらいましたが、子育ての両立を考え、正社員ではなくアルバイトとして子供を保育園に預けながら働きました。当時、人事システムの開発に非常にニーズがあったので、2人目を妊娠したタイミングで、フリーランスに転身することを考えました。しかし、同じ時期に夫の海外赴任が決まったのです。英語が大好きでアメリカでの生活に憧れがあったので、まずはアメリカでの生活を楽しもうと思い、フリーランスへの転身ではなく一緒に行くことを決めました。

アメリカから帰国後、某外資系企業で、派遣社員として物流システム開発の仕事をしました。オフィスソフトを使ってシステムを作るのが得意で、それができる人が少なかったので非常に重宝がられました。女性への福利厚生が手厚い会社だったので子育てとの両立には非常に良い環境で、派遣社員としてできる仕事以上のことをさせていただきました。しかし、デスクワークの疲労から一度体調を崩し、疲れが溜まって何日間か起き上がれないほどになりました。何とかしたいと思っていた頃、再度夫のアメリカ海外赴任が決まり、これは転機だと思い仕事を辞め、再び帯同することを決めました。

教育に力をいれたアメリカライフ!Zumbaとの出会い

ー帯同中に何をされていましたか?

1度目の帯同中は、子育てに力を入れていました。子ども達は現地の保育園と小学校に通い、週末に日本語補修校で日本語を勉強していました。1回目の帯同では就労ビザを取得することが難しかったため、ボランティアという形で様々なことに取り組みました。在米日本人向けのニュージャージー州生活情報掲示板の設立や、ミニコミ誌の編集、そして日本語補習校幼稚園の先生です。

当時SNSがまだ発達しておらず、どこにどんなお店があるのかなどわからないことが多かったので、日本人向けの生活情報掲示板を設立しました。スキルを生かして、それらの情報を集めたウェブサイトも作りました。非常に多くのアクセスが集まり、掲示板でつながった方々とお茶会を開いて、交流の場も設けたりもしました。

ー具体的にはどんなことをされていたんですか?

在米日本人向けのミニコミ誌は、ニュージャージー州の駐在妻たちのボランティアグループ「たんぽぽ」が2カ月に1度発行していました。私は副編集長を務めさせていただき、日本人向けのスーパーに置かせていただいたり、日経新聞アメリカ版に折込ませていただいてました。非常に影響力が大きいミニコミ誌で、当時2000部ほど発行していました。ミニコミ誌の情報を書籍化したいと、PHP研究所アメリカの編集長に交渉し「Hello! ニュージャージー」という生活情報ガイドブックを出版していただいたのも良い思い出です。

幼稚園の先生は、娘が通っていた年少クラスの先生の後任がいなくなってしまったため、ボランティアで働いていました。3つのボランティアが全て同時進行だったので、最終的に幼稚園の先生は長く継続できませんでしたが、この時の経験が現在の仕事につながりました。

ー2度目の帯同の時は何をされたのですか?

2度目の帯同の時、渡米前に体調を崩したので健康的なことに挑戦したいと思っていました。そこで出会ったのがZumbaでした。Zumbaはラテン音楽にのせて踊るダンスフィットネスで、脂肪燃焼にも効果が高いと言われています。音楽は昔から好きでしたが、運動は特にしておらず、むしろ苦手でした。受けてみたら全然踊れなくても楽しくて、ハマってしまい毎日のように踊った結果、2年間で10キロのダイエットに成功しました。

日本に帰国することになった時、習っていたインストラクターから日本でZumbaのインストラクターになることを勧められました。いったんキャリアは止めていて、年齢的にも帰国してから新しい仕事につけるかわかりませんでした。そのため思いきってインストラクターとして頑張ってみようと思い、帰国しました。

一つ一つの決断が現在の活動へ

ー現在の活動への繋がりについて教えていただけますか?

帰国してからZumbaのインストラクターとして教え始めた頃、あるスタジオのオーナーから「子どもたちに英語でダンスを教えてほしい」と依頼を受けました。そのプログラムのコンセプトを考えるうちに、【言語習得には言葉のリズムが大切であること、言葉のリズムには身体の動きが連動している】という法則を見つけたのです。それを多くの人に伝えたいと思って開発したのが「Rhymoe(ライモー)」という幼児英語教育プログラムです。メソッドを広めるために一般社団法人も設立し、Rhymoeメソッドの開発と、理論を広めるための講座やトレーニングに力を入れるようになりました。

Rhymoeのレッスン風景(協力:千葉ピラミッドメソッド保育園)

また、Zumbaインストラクターとして活動しているうちに、Zumbaがプロデュースした幼児教育プログラムZumbini(ズンビーニ)に出会いました。どうしてもZumbiniの資格を取得したいと思い、単身で渡米し、トレーニングを受けました。教えに共感し、このプログラムを日本に広めたいと、トレーニング後直接CEOに面会して、英語でプレゼンを行いました。最初は相手にされませんでしたが交渉を重ねつつ、日本第1号のZumbiniインストラクターとして活動実績を積み上げていきました。2021年4月にようやく日本上陸を実現することができ、現在私は、教育スペシャリストとしてインストラクターの育成を行っています。

ー今後のキャリアプランについて教えてください。

RhymoeとZumbini、2つのプログラムについて、どちらもできるだけ多くの指導者を育てたいと思っています。どちらも幼児教育として非常に優れたプログラムであると信じているので、プログラムのコンセプトや内容に賛同してくださる方にたくさん出会っていきたいと考えています。またRhymoeに関しては学校機関へのメソッド導入やアジア展開も視野に入れています。

思い返せば最初から意図していなかった事ばかりですが、点と点で散らばっていた経験が、どんどん線でつながって、今に至っていると心から思います。私が今、やっていることは唯一無二のことだと思います。

 

学生ライター感想:

石川さんの常に前向きな姿勢と一つ一つ決断してきたからこそ、新しいことへチャレンジし続けていける姿がとてもカッコよかったです!私もズンバをやってみたいと思いました!

取材・執筆:津田京香

 津田塾大学総合政策学部2年

校正・文責:三浦梓

関連記事

インタビュー

SNSもチェックしてみてください!