INTERVIEW

  1. HOME
  2. ブログ
  3. インタビュー
  4. 正解がない世界で自分の人生を生きる

正解がない世界で自分の人生を生きる

プロフィール:石川県出身。 奈良女子大学大学院卒業後、楽天へ新卒入社。その後スタートアップに転職後、ZOZOテクノロジーズでWebアプリケーションの開発に従事。2021年に夫のアメリカ赴任に帯同。現在フリーランスWebエンジニアとして3社の開発に携わる他、認知科学コーチとして活動中。

正解がない世界で自分の人生を生きる

新卒入社した大手企業から1年でベンチャー企業に転職。その後、結婚による大阪転居を機にフリーランスに転向し、現在アメリカ帯同中の高木里穂さん。「〜すべき」にとらわれないキャリア観についてお聞きしました。

自己成長を求めて転職

ー駐在前のお仕事について教えてください。

奈良女子大学大学院で情報系の研究をしたあと、楽天株式会社にエンジニアとして入社しました。このときは、「インターネット産業に関われて、社会に大きく影響を出せる仕事をしたい」と思っていました。しかし、実際に働いてみると、業務がかなり細分化されているため、自分が社会に影響力を与えているという感覚があまり得られませんでした。独身の自分のことに多くの時間を使える間に働いて成長したいという気持ちを持っていた当時の自分にとっては、会社の歯車になっている感覚が辛く感じるようになりました。

そんなとき、ベンチャー企業に勤めていた友人と話す機会があったのですが、彼女はたった1年で私より遥かに成長しており、その焦りから転職活動をはじめました。そしてアパレル系ベンチャー企業に入社しました。

このとき、他の同期より1年遅れていたので、最初はわからないことが多く、同期と比較してしまい本当に辛かったです。でも早く追いつきたくて、必死に勉強しました。その会社は、のちにZOZOテクノロジーズという会社に買収されました。しかし、ベンチャーの時期に入社したことで得た知識やマインドセットは、今でも自信に繋がっています。

ーその後、どのようなことがきっかけでフリーランスになられたのですか?

当時5年付き合っていたパートナーとの結婚を機に大阪に行くことになり、退職してフリーランスになりました。本当は仕事が楽しく辞めたくなかったですし、女性の自分より男性の仕事を優先することが当然であるような状況に違和感を感じ、パートナーと喧嘩もしましたが、話し合いの末私が大阪に行くことになりました。もともとフリーランスという働き方に関心があったことや、IT企業は東京に密集しており、大阪には転職したいと思う企業が見つからなかったので、転職ではなくフリーランスを選びました。

大阪には2019年から2年住みましたが、元々家にいるよりも外へ出て刺激を受けた方がリフレッシュできる私にとって、コロナ禍で外出できず、友だち作りもできない状態で仕事をするのは苦痛でした。このときからコーチングを受け始め、ちょうど気分が安定してきたなというとき帯同が決まりました。

自由の国アメリカで気づいた、「〜すべき」に操られる自分

ー大阪への引越とフリーランス転向から2年、アメリカ帯同に抵抗はありましたか?

アメリカはIT業界が栄えているので、不安もありましたが行ってみたい好奇心の方が強く大きな抵抗はありませんでした。

しかし、渡航後1ヶ月はものすごいカルチャーショックを受けて、少し病んでしまいました。1番衝撃的だったことは、正解がないことです。例えば日本では良くも悪くもおしゃれという服装やメイクの正解があり、雑誌などでおしゃれな服やトレンドが紹介されますが、アメリカの特にニューヨークには世界中から集まった様々な人がいます。体型もメイクも服も色々で、オフィスに行くのに真っ赤なドレスの人もいて、正解がわからなくなり、「私は何を着て何をすれば良いのだろう」と打ちのめされました。

ーその後どのように立ち直ったのですか?

あまりにも気が滅入ってしまったので、一度日本のときから受けていたお仕事も全部やめて1か月ほど自由に過ごしてみました。本を読んでインプットを増やしてみたり、公園に行ってぼーっとしてみたりしました。すると、これまで私がいかに周りの目線や、「〜すべき」に影響を受けて生きていたかに気づいたんです。自分では自由に生きてきたつもりでしたが、洋服1つでも他人にどう見られるかを気にしていたなって。キャリアに関しても、新卒で大企業に入った背景には祖母や母が安心するだろうという思いがありました。そこから、人生を逆算して世間的に良いと言われる人生を生きるのではなく、自分がやりたいことを見つめ直して、自分の人生を生きていこうと思うようになりました。その結果、”Nice try”という言葉を胸に、エンジニア系のイベントに5回は出ると決めて実行していくなど様々なことに挑戦していきました。

その結果、エンジニアとして昔から好きなものづくりができる会社や、以前から関心があったITジェンダーギャップに関するNPOに関わるようになりました。さらに、昔からアートに関心があったので、最近現地の美大大学院の受験にも挑戦しました!(インタビュー後、無事に合格されたそうです!)

「〜すべき」の呪縛から解き放たれた人生、その舵取りは自分

ー今後はどのようなキャリアを描きたいですか?

美大に合格したら、大学院に通いながらフリーランスでのお仕事を続けたいと思っています。また現在、自分を「〜すべき」という考え方の呪いから解いてくれたコーチングも学んでいるので、今後は昔の私と同じようにキャリアや人生において「〜すべき」の呪いに苦しんでいる女性たちを救いたいとも考えています。それ以外のことは、はっきりと決めていません。ただ、自分が好きなものづくりに関わり続けることと、将来起業することは決めています。いつか子どもを授かりたいと思っており、そうなると起業は難しいと考えていたのですがアメリカで、家政婦さんと育児を協力しながら、育児も仕事も全取りする人たちを見て、諦めるのはまだ早いと気づいたんです。この他にも、まだまだこれからやりたいことが出てくると思いますが、「〜すべき」ではなく「〜したい」を大事に果敢に挑戦し、自分らしい人生を歩みたいです。

学生ライター感想:

自分のやりたいことは何か、悩み、考えた時期があるからこそ、今のお仕事に誇りを持って向き合われていることが伝わりました。大学院での研究経験があるという共通点もあり、とても勉強になりました!

取材・執筆:渡辺璃香

 慶應義塾大学大学院 修士1年

校正:中山斉奈

文責:三浦梓

関連記事