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前例のない家族帯同での女性駐在員というキャリア

プロフィール:大学卒業後、新卒で日系大手グローバル電機メーカーに入社。マーケティング・コミュニケーション、放送業務用機器の商品企画、そしてデジタルマーケティング等の部署に所属し、2018年からは配偶者・お子さん2人を連れてイギリスに駐在。主に、イギリス支社メンバーのマネジメントや日本本社とのコミュニケーションを行っている。

前例のない家族帯同での女性駐在員というキャリア

日系大手メーカーの駐在員としてイギリスでお仕事をしている城山さん。悔しさをばねに、大変な仕事も前例がないことも乗り越えてきた経験や、二児の母としての生活についてお話をお伺いしました。

英語を生かしたキャリア形成

ー駐在前のキャリアについて教えてください。

新卒で日系大手電機メーカーに入社し、マーケティング・コミュニケーションの部署に配属されました。文系出身であり、理系は苦手。しかし、電機メーカーゆえに、設計や商品企画の方々との会話に入れず、入社当初はわからない・できないことが多く、たくさん怒られました…。ストレスフルで全身に蕁麻疹がでるほど。しかし、負けず嫌いな性格なのでなんとか食らいつき、がむしゃらに過ごしてきた記憶があります。

会社には、ユニークな経歴の方が多く、医学部卒の方が営業をされていたり、芸大卒で指揮者経験がある方がマーケティングをされていたりと各々専門性の高さを生かしながら仕事をされている方々が多くいらっしゃいました。私は、大学で英語を専攻し、父の仕事の都合で幼い頃1年半アメリカに居たこと、、大学時代にアメリカの大学への留学経験がある、という事実から、不本意ながら英語を使う場面では頼られることが多くありました。そのため、会社では「英語屋」として生きていくことが自分の道だと思っていた時期もありました。しかし、ある時自分の力以上の英語力が求められる仕事を任され、大失敗をしました。英語は他のことよりは、まだ得意な分野だと思っていたので、それもダメかと自己肯定感がぐっと下がり会社員としての将来のキャリアの道筋が見えなくなっていました。(電機関係のこともわからない、英語もダメと)。しかし、同時にすごく悔しい思いが募りました。亡き祖母に「大器晩成型だから大丈夫だよ」と子どものころにかけてもらったコトバを心の支えに、ここで負けてはいけないと、粛々と肩身の狭い思いをしながら日々何食わぬ顔をして仕事をこなしていた日々でした。

入社から6年が経った頃に結婚し、ほぼ同時期に商品企画部に異動。この部署では何度か海外出張の機会を頂き、日本の事業責任者の方々と海外のクライアントとの間の通訳をも行う「英語屋」として重宝されるようになりました。最初からうまく現地の方とお話しできたわけではないですし、前の失敗があり若干自分の英語力への自信も失っていたので、仕事の傍ら土曜に同時通訳の専門学校に通ったりしつつ、仕事でのプレゼンテーションなどの機会をスキルアップの場としてとらえ、なんとかやっていました。
お客さんとお話ししたことを商品に反映するために、社内の関連部署の方々(企画や設計、マーケティング、営業)の人と意見を戦わせざるを得ないこともあり、大変なこともありました。ただ、自分が仲介することで生まれた意見が実際の商品の機能として反映され売上にも繋がった時、また自分が育てた商品が市場でのデファクトスタンダードになっていった状況を目の当たりにしたことは、非常に嬉しく、仕事の面白さ、やりがいを感じるようになっていきました。

前例がない家族帯同の女性駐在として

ー海外出張もたくさん経験しているとのことですが、駐在に至った経緯を教えてください。

実は、入社して数年後から何度も「海外出張に行かせてほしい」「海外赴任をさせてほしい」と上司に相談していました。ただ、女性で、しかも結婚している人が海外駐在をした例がなく、いつも「ご主人はどうするの?」「前例ないしね」と言われてしまっていました。同期の男性は何度も海外出張に行っていて、海外駐在も数回目、などという状況を横目に、なぜ私はだめなのだろうか、と悶々と悔しい思いを持ち続けていました。グローバル企業であり、売り上げの多くを海外市場でしてめており、そのための貢献をしてきたつもりなのに、と。ある方に相談した際には、「海外出張も赴任も投資だからね」と言われた際には、再び、自分には投資価値がないのか、とガックリと落ち込んだこともあります。

そのような状況の中、二度目の産休・育休中、復帰後のことをイメージしながら勉強しているうちにこれからはデジタルの時代だと思うようになります。復帰後、マーケティング・コミュニケーションの領域に戻ることになりました。この部署は、生み出された商品を海外にプロモーションする仕事がメインでしたが、復職当初、日本で魂を込めてつくり出した商品が、海外にうまくPRをされていない状況を目の当たりにしました。かつて商品企画時代に社内外の方々と熱い思いで生み出してきた経験を持つだけに、海外の販売会社に渡った先で、それら商品が本社が狙ったカタチで必ずしも市場導入されないもどかしさ、悔しさ。。そこで会社に正論目線での種々の提案を行い、今度はマーケティングコミュニケーションの立場で、グローバルプロジェクトをリードしていくことになりました。

プロジェクトメンバー達はイギリス、トルコ、インド、アメリカ、アジア諸国から構成され、プロジェクト期間中は、世界各国を飛び回りました。プロジェクトが終わり、新しい通常稼働のフェースに入った段階で、このプロジェクトで関わった海外メンバーを中心としたグローバルウェブサイト運営組織を立ち上げ、ウェブを一つのメディア手段として位置づけつつ、デジタルマーケティングをグローバルで牽引するチームをイギリスで発足させました。そのチームのマネジメントとして、日本からここイギリスに駐在することになりました。

ーイギリス駐在にあたって、配偶者の方やお子さんの反応はいかがでしたか?

私が先述のプロジェクトで出張が増えだしたのは、長女が7歳、次女は1歳前。主人や実家の両親の世話になりつつも、毎月の出張とその前後の準備などでの残業の日々。当時は在宅勤務などはまだ職場に浸透しておらず、そろそろ家庭と仕事のバランスだけでなく、体力も限界に達してきていました。一方で、子ども達も日本にいる時に、何度かアメリカンスクールが開催するサマースクールに通わせていたこともあり、海外に興味を持っていました。

そのため、今後も頻繁にイギリス出張に行くことになるのであればいっそのこと、腰を据えて駐在した方が良さそうではないか、と家族からの反対はありませんでした。むしろ、長女は、行きたい!行ってみよう!という感じでした。

しかし、実際に来てみると理想と現実のギャップに苦しむことになりました。娘たちが通うことになった学校はイギリスの公立の学校であり、周囲に日本人の家族が居ない地域。上の子は当時中学3年生。多感な年ごろであり、学校唯一の日本人で英語も話せず、宿題から何から英語での学校生活には非常に苦労し、なじめない時期がありました。帯同した夫も初めての海外生活ですし、文化、環境の違いによるストレスで体を壊してしまいました。次女だけは、日本の学校(当時小学2年生)に居た頃よりも、イキイキとしていたのが救いでした。彼女の個性豊かな側面がイギリスの多様性を受け入れてくれる文化や学校教育と上手くマッチしたのだと思います。

私自身はというと、入社当時から切望していた初めての海外赴任。心躍るとおもいきや、出張で来る立場と組織の中に入って一員として組織を運営していくことの難しさを経験。最初の1年目は、日本から送られてきた赴任者の立場と現地メンバー達との立場の違いをふまえながらも、いかに信頼関係を築き、どのように同じベクトルに向かって目標達成をしていけるかを悩み、もがいていました。しかし、徐々にチームの一体感が醸成されていく姿や、個々のメンバー達の向上心やチャレンジ精神に刺激をもらいながら日本とイギリスの夫々のマネジメント経験や働き方の違いを新鮮に、感動しながら日々を過ごしてきています。例えば、日本にいるときは仕事7-8割、ライフ2-3割で家族のことは夫や両親に任せてきたのですが、 “Work for Life”の考え方で16時くらいに退社するイギリス支社の同僚たちを見ながら(しっかり短時間の中でも効率的に、集中して仕事しています!)に感化され、家庭での時間も大事にするようになりました。正直、イギリスに来る前の私の働き方は、プライベートな時間よりも仕事に時間をかけすぎていて、今の若い人に誇れるものではありませんでした。

性別も年齢も関係ないキャリアを

ー最後に、今後のキャリアについて教えてください。   

イギリスでの生活も5年目で長くなってきたので、これからのことは色々な方向性を見据えて考えています。イギリスの職場には性差別や年齢による制限というものが制度としてはなく、今後も自己研磨とニーズ等の開拓次第ではやりがいをもった働き方が出来そうな予感がします。そのため、イギリスで引き続き働きたいなと思う気持ちもあります。

ただ、私はこれまで目の前の事、与えられたミッションを粛々と愚直にこなすことの積み重ねをしてきたと思っています。ある意味、前例がないキャリアのレールを暗中模索に進め今があります。凸凹道ではありましたが、結果的に過去を悔やむようなキャリアにはなっていないと思っています。むしろ、遠回りしたけれども、結果的に、今が一番、これでよかったのかも!と思う日々です。そのため、今後また新たなキャリアの道への進みを決断したら、邁進するのみ!と思っています。しかし、かつてのような諸突猛進型ながむしゃらなスタイルではなく、もう少し、スマートにケセラセラの精神で、信じる方向に進められるような女性になりたいと思います(笑)。

ー最後に、数少ない女性駐在員としての想いや伝えたいことがあれば教えてください。

女性駐在員はまだまだ少数なので、似たような境遇の方の中にはストレスも多く、非常に苦労されている方も多いかと想像します。先述のように、仕事上の悩み、また、女性ならではの体調変化などによる相談など、身近に似たような境遇、もしくは、女性駐在員の方がいると、時には愚痴を聞いてもらうだけでも、ホッとすることが出来たりするのではないかな、と思います。中には、自ら手をあげて海外赴任にチャレンジした女性(私もその一人)は、弱みを見せたら「だから女性は。。。」と言われてしまうのでは?とか赴任期間が短縮されて「すぐに帰任辞令が降りてしまうのでは?」など不安がよぎったりして、全て自分の中で蓋をして対処し、そして、モヤモヤとした気持ちでいる(そして辛くなる)方々も居ると想像します。また、駐在にチャレンジしたくても前例がなかったり、いろいろな背景から躊躇してしまう人もいると思います。海外で働いてみたい!駐在員としての経験を積みたい、といった希望を持つ女性の方々の実現のサポート等、私に出来ることがあるかもしれません。少しでもそういった夢をもつ次世代の女性の方々の力になれたら良いな、と思っています。

コーチ探せる: https://www.c-sagaseru.com/kyonshiroyama

学生ライター感想:

女性だから等の理由で掴めなかったチャンスを自身の努力で掴みとり、その機会を存分に生かしているお話が聞けて、勇気をいただきました。城山さんのような方のおかげで私たち比較的若い世代にも機会がひらかれてきていると感じました。

取材・執筆:渡辺璃香

校正:三浦梓(駐妻キャリアnet)

文責:駐妻キャリアnet

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