【駐妻キャリア総研・研究結果報告】駐妻・駐夫のアイデンティティクライシス、メンタルヘルスについて – 帯同中約80%が経験するメンタル不調の実態と対応策 –


理想の生活、目標とするキャリアを叶えるために、何よりもまず大切なのが心身の健康。
一方、海外帯同ではそれまで日本で形成してきたキャリアやコミュニティ、生きがいと意図せず離れることにもなるため、新しい環境に適応しきれず、心理的な混乱やメンタル不調を来すことも少なくないようです。

そこで、帯同による不安やストレスを軽減するには、心理的な危機や葛藤を乗り越えるにはどのような方法が有効かを明らかにするため、「駐妻・駐夫のアイデンティティクライシス(※)、メンタルヘルス」に焦点を当て、帯同中の心の状況やセルフケアのアイディアについてアンケート調査を行った結果をご報告します。

(※)自己同一性(アイデンティティ)の喪失。「自分が何をしたいのか/何をすべきなのか分からない」「自分の存在価値はあるのか」といった疑問や葛藤にぶつかり、心理的な混乱、自信や自己肯定感の喪失、不安や抑うつ感を招いている状態。

調査結果概要

  • 帯同から1〜6ヶ月頃が「カルチャーショック期」。約80%がメンタル不調を実感。
  • 仕事やキャリア、自分の稼ぎ、生きがいを一気に失い、身近に知人や友人もいない孤独な環境で、先の生活や人生への焦り不安が募り、自己肯定感や自分の存在意義が揺らぐ。
  • 帯同中は、現地での出会い・配偶者の存在・自己研鑽が心の支え・財産に。
  • キャリア・仕事等に関する情報や相談先、自分に合ったコミュニティのニーズが高いほか、心理カウンセリングへの関心も見られた。
  • 海外帯同のストレス度の高さが浮き彫りに。ミッドライフ・クライシス傾向に加え、キャリア志向の駐妻ならではの葛藤、周囲に頼らず頑張りすぎてしまう傾向も。予防的なセルフケア、心の拠り所頼れる仲間が大切。
  • 駐在員・駐在員家族のメンタルヘルス、駐妻・駐夫のキャリア継続の重要性への理解や支援が広がることを期待。

*調査結果概要版はこちら



目次

メンタル不調の危機はいつ起こる?

※帯同からの期間ごとに、実感したメンタル不調の度合いを質問。
※選択肢「その時期自体を経験していない」の回答を除外して集計。そのため、行ごとに回答者数が異なる(n=48〜23)。



※「帰国約1ヶ月前〜帰国まで」について、「分からない、覚えていない」の回答4.3%
※集計結果円グラフはこちら

「帯同から約1ヶ月〜3ヶ月の間」「帯同から約3ヶ月〜半年の間」の時期に、約80%がメンタル不調を実感していることが分かる。また、帯同から約1ヶ月〜1年の間については、半数以上がメンタル不調を「とても実感した」または「実感した」と回答している。

さらに、帯同経験が複数回の回答者については、85%以上が以前の帯同時にメンタル不調を実感したと回答している。

期間ごとの回答結果推移を見ても、帯同から1〜6ヶ月頃の時期に不調を実感しやすく、帯同からの期間が経過するにつれて、または本帰国が近づくにつれて、不調の度合いは軽減していくことが読み取れる。

社会学者リスガードの「異文化適応のUカーブ理論」によれば、人は「ハネムーン期」、「カルチャーショック期」、「適応期」、「成熟期」という4つの段階を経て異文化に適応していく。

今回の調査においても、この理論と同様の回答傾向が見られた。帯同直後の「ハネムーン期」を経た帯同後数ヶ月の時期はそもそも誰しもが不適応に陥りやすい「カルチャーショック期」であると認識し、不調の予防や緩和のための自分に合った対処法を持っておくことが重要であるといえる。

なぜ?どうなる? 海外帯同でキャリア志向の駐妻・駐夫が陥りやすい不調とは

※帯同によるメンタル不調の要因と感じるものについて質問。(n=49)
※グラフの視認性維持のため、一部の選択肢文言について、文意を変えない範囲で要約。
※上位10位以下の回答グラフはこちら

※帯同によるメンタル不調として実感した状態・症状について質問。(n=49)

帯同によるストレスの要因やメンタル不調の具体的な状態については個人の事情や状況によるところもあるが、傾向としては、主に「仕事やキャリア、人生設計の悩み」「収入が減ること」「身近に知人や友人がいないこと」が理由で「焦り」「不安」「孤独」「自信や自己肯定感の低下」「自分の存在意義が分からない」といった状態に陥りやすいことが示唆された。キャリア志向の回答者が多いこともあってか、フリーコメントでも、「キャリアブランクの不安・焦り」に関する声は目立っていた。

ライフサイクル論を提唱した発達心理学者エリクソンは、社会的役割の変化や喪失は、「自分は何者なのか」を定義するアイデンティティの危機を招きやすいと述べ、アイデンティティがうまく定まらず拡散の状態に陥ると、社会の中での自己を見失い、社会適応がうまくいかなくなることがあるとした。

中でも、中年期は仕事や家族の状況などによるストレスが人生で最も多いとされる時期であり、この時期特有の心理的危機は「ミッドライフ・クライシス(「中年の危機」)」とも呼ばれており、一説では約80%が経験するものだとされている。

また、心理学者ロジャースの理論では、自分がこうありたいと思う理想自己と、現実の自己概念とに相違があると、自己評価が低下しやすいといわれている。理想自己の水準の高さは自己形成や目標達成のための重要な動機ともなるが、一方で、不安や焦りに駆られるあまり理想と現実とのギャップにとらわれすぎると、自己評価の低下や、それに伴う自信、自尊心・自己効力感の低下も招きうると考えられる。

海外帯同に伴い望まない離職や休職を経験した駐妻・駐夫は、それまでの仕事やキャリア、自分の稼ぎ、社会的な評価や地位、趣味や生きがいを一気に失い、言葉も文化も違う見知らぬ土地で、自ら開拓しなければ話し相手すらいない日々を過ごすことになる。

時には羨ましがられる海外生活も、元はと言えば自分の意志ではないし、贅沢な悩みかもしれないけれど、本音を言うと100%納得しているわけではない…キャリアを積むどころか働くこと自体が難しい。

ミッドライフ・クライシスにもさしかかる年代でただでさえストレスがかかりやすい状況のなか、帯同により経験したことのない類の困難や葛藤にもさらされ、孤独の中で新しい環境に適応しよう、自分の軸を早く確立しようともがけばもがくほど、思い描いていた理想に到達できない苦しさは大きくなり、心理的な混乱やメンタル不調に陥ってしまう、という背景もあるのかもしれない。

帯同中の心の支えは現地での出会い・配偶者・自己研鑽

※帯同中に「働きたい」「仕事をしたい」という気持ちが「ある」と回答した方に質問。(n=87)
※上位10位以下の回答グラフはこちら

では、先に述べたアイデンティティクライシスやメンタル不調を予防・軽減するにはどのような支えが有効なのか。

回答傾向からも、それまでの自己を形成する大きな柱となっていた「仕事」「学び」「収入・お金」を維持あるいは新たに手に入れられれば、帯同によるクライシスや不安・焦りも軽減されるのではと推測できる。

実際に、現地で新しい学びや資格取得、仕事や活動に挑戦したことで帯同中の自分の役割を見出すことができ、自信や充実感が得られ気持ちが上向いたという声も多く聞かれた。

一方、これらのハード面が整えば十分なのではなく、回答最上位には「帯同先で出会った友人や知人」「配偶者」の存在が挙がっていることからも、心の安定のためには・理想や目標に向かって前向きに過ごすためには、海外生活をともにサバイブするパートナーや同志の存在が必要不可欠であるといえる。

メンタルヘルスへの意識とセルフケア

※ストレスやメンタル不調の予防・緩和のための意識について質問。(n=47)
※選択肢「ストレスや不調を感じているが、意識的な対応をする余裕がない」は選択者なし。

慣れない生活や忙しい毎日が続くときほど、心の余裕はなくなり視野や考えも狭くなりがちかもしれない。一方、メンタルヘルスの維持のためには、素直な心の声や不調に耳を傾け、不調が小さいうちに対処する・余白やゆとりを持つことが大切である。そこで今回の調査では、普段のメンタルヘルス・セルフケアへの意識についても質問した。

回答者の約半数が自分に合ったストレス対処や気分転換の方法を持てている一方、ストレスやメンタル不調の予防・緩和のため「意識的に対応しているが、ストレスや不調の予防・緩和の効果は不十分」または「自分に合ったセルフケアの方法が分からず、意識的な対応ができていない」と回答した人も1/3以上(約36.2%)であった。

※ストレスやメンタル不調の予防・緩和のために活用したいものについて質問。(n=49)

不調の予防・緩和のために具体的に活用したいものとしても、キャリア・仕事等に関する情報や相談先、自分に合ったコミュニティのニーズが高い結果となり、キャリアブランクへの不安や現地に知人・友人がいない孤独感が、メンタル不調に大きく影響していることが改めてうかがわれた

「心理カウンセリング」を活用したいという回答が約28.6%あったことも特徴的であり、「カウンセリングに興味はある。必要なときには受けてみたい。」といった思いがあるのだろうと推察される。

日本では諸外国ほどカウンセリングが普及しておらず、一歩を踏み出す抵抗感や金銭面でのハードルなども生じやすいが、本来カウンセリングは対話を通じて心のモヤモヤや考え方を見つめて整理し、問題解決への糸口や自分なりの対処法を自分の力で見つけていくプロセスで、不調があってもなくても利用できるものである。近年はオンラインや海外在住者向けのカウンセリングサービスなども増えており、帯同期間をより良く過ごすための心のメンテナンスやケア、気持ちや思考の整理のために活用することも有用と考えらる。

寄せられたフリーコメント

帯同中に経験した不調やその背景要因、回復までのプロセス、ストレスフルな中でもご機嫌に過ごすための工夫などについて、多くのコメントが寄せられた。

帯同中のメンタル不調で専門的なケアを要したというエピソードも少なくなく、海外帯同は精神的な負荷・ストレス度が非常に高いライフイベントで、不調に陥るのも決して珍しいことではないという事実が改めて浮き彫りとなった。

一方、自分なりの意識や工夫、楽しみを見つけたことで心が安定したり不調から回復したという声も多く聞かれた。
不調を自覚する前からの予防的なセルフケア心の拠り所頼れる仲間を持つことの大切さが広まることで、駐妻・駐夫が少しでも明るい海外生活を送ることができるよう願いたい。

*寄せられたフリーコメント

まとめ(研究員より)

自身がこれまで細々ながら相談支援やメンタルヘルスの領域に携わってきたこともあり、前回調査実施時にいただいたリクエストも踏まえ、今回「駐妻・駐夫のメンタルヘルス」にフォーカスした調査をさせていただきました。

アンケートの回答にご協力くださったみなさま、ありがとうございました。一つひとつのフリーコメントも大切に読ませていただき、駐在員・駐在員家族のメンタルヘルスの重要性を改めて痛感したところです。

住む世界が突然ガラリと変わり、日本での当たり前が一気に通用しなくなる海外帯同は、そもそも世間が思う以上にストレスフルなライフイベントだとも感じます。

それにもかかわらず、駐在員やその家族が所属する企業等からメンタル面の専門的ケアやサポートを受けられることは少なく、健康管理は個人の自助努力に委ねられているのが現状ではないでしょうか。

特に、今回のアンケートに回答くださった方はキャリア志向の駐妻が多く、高い目標を掲げながら努力を続け、家庭とも両立しながらキャリアを重ねてこられた方たちなのだろうな、と想像しました。「こうありたい」という理想像があるからこそ、思うようにそこに到達できない、到達するための土俵にも立てないという葛藤が、時に取り越し苦労や芋づる式の不安を招いてしまったり、自分を苦しめてしまうこともあるのかもしれません。

また、不調に陥った経験のある方のエピソードを拝読すると、ほとんど誰にも頼らずに限界までひとりで頑張られていたことも伝わってきました。

ストレスフルで新奇な環境なのだから、毎日を送れているだけですごいこと。本当はもっと休んで良いし、自分を甘やかして気楽に過ごしても良いはず。でも、キャリア系駐妻にとって、キャリアや仕事はたとえ「離れて良い」「休んで良い」と言われたとしても手放したくないくらいには大切な自分の柱だし、休んだり頼ったりするのって、頭では分かっていても実際のところは簡単ではないのだろうな、とも感じました。

どうしたら不調を最小限にし穏やかに過ごせるのか。

同じ危機や悩みを経験したことのある駐妻・駐夫の声にもたくさんの具体的なヒントが詰まっていると思いますが、調査結果報告を作成しながら考えたことも、自戒を込めて3点挙げさせていただきます。

・理想に苦しめられたり小さなことが不安になったりする自分もありのままに受け止めつつ、せめてたまには自分へのハードルを下げたり、無理をしすぎずゆとりを持つ時間も確保してみる。

・信頼できる仲間や味方を大切に。分かってくれる人や力になってくれる人は必ずいるので、ひとりで頑張りすぎず、早めに頼ってみる。

(身近な人には話しにくい悩みに寄り添ってもらえる先もあります)

・デトックスも大事。素直な心の声や不調から目を背けず、意識的な気持ちの吐き出しや予防的なセルフケア。

最後に、企業や社会においても、駐在員家族のメンタルヘルス、そしてクライシスの要因ともなる駐妻・駐夫のキャリア継続の重要性への理解や支援が広がるよう期待します。

調査概要

  • 調査手法  :WEBアンケート(無記名式)
  • 有効回答者数:49名
  • 調査実施日 :2024年2月23日(金)~2023年3月10日(日)まで
  • 調査対象者 :配偶者の海外勤務や海外留学に帯同したことのある方
    ※駐妻キャリアnet非会員、男性(駐夫等)も対象

(回答者属性)
※全回答者の87.8%が駐妻キャリアnet会員であった。
※全回答者の63.3%が駐妻(帯同中)、30.6%が元駐妻であった。
※男性(駐夫等)からの回答は少数であった。そのため男女別の分析や比較は行っていない。

(駐妻キャリア総研研究員:千葉)